沼津支部の歴史

津は漁業が盛んな土地柄であり太平洋戦争が終わるまで、戸田、静浦、志下、我入道の漁師さん達が番屋でよく将棋を指していました。漁師さん達も床屋さんの待合室に通って近隣の人と将棋を指して顔なじみになり、時には縁台将棋の様に賑やかでした、、、、、。 故芹澤博文九段のアマ時代の師匠である沼津市の田内孝さん(故人・材木商)はこのように、よく話していました。
沼津市の床屋さんのご主人に将棋好きが多かったようで、県代表クラスの方もおられました。 太平洋戦争が終わり 県東部には沢山の工場があり、多くの従業員が集まってきました。 当時は娯楽が少ないこともあり各職場では、囲碁に比べ短時間で勝敗が決する将棋は人気があり休み時間によく指された様です。
沼津市の床屋さんにも強豪と言われた東大諏訪の杉山さん、白銀町の秋山さん、志下の川口さん、我入道の鈴木さん達が若い人の指導をされました。
1949年 静岡新聞社主催の木村名人挑戦者戦で田内孝さんが優勝(県一)し、以来40年間指導者として沼津将棋界に貢献されました。
1950年 プロ棋士廣津久雄先生(当時七段)が静岡市に在住され県内各地で開かれる将棋大会に審判・指導役として普及の為、巡回を開始されました。
1952年 静岡県アマチュア将棋名人戦が開始され、沼津地区代表選考会が芹澤博文九段の実家(布団屋さん)で開らかれた時 初めて廣津先生が来沼し、以来 50年以上 沼津等県東部地区はご指導戴くことになります。
この間 芹澤博文九段(沼津市)、青野照市九段(焼津市)、神谷広志七段(浜松市)、大島映二七段(沼津市)、菊池常夫七段(熱海市)、鈴木輝彦七段(袋井市)、中尾敏之五段(富士市)の7名が県内よりプロ棋士になられ各棋戦での対局や立会い・解説等にて活躍されております。
将棋は、夏になると各地で縁台を外に出してうちわを片手に涼をとり乍仲間と指す程大衆に親しまれ、浸透してゆきました。
1961年東部や県の大会で活躍していた海野菊松さんが、沼津市八幡町に「沼津将棋クラブ」として将棋道場を開設し、田内孝さんと共に近隣市町村の愛好者に指導を始めました。
二人の熱心な指導により県東部の強豪が育成されています。
1963年このクラブが9名で日本将棋連盟に支部として登録し、更に1967年田内さんや海野さんの力添えにより会員を14名に増やし長尾盈さんを初代支部長として沼津支部が誕生しました。

津支部の会員は1982年に100名を超え、以来 現在まで「100人支部」を維持しています。この間 林隆弘さんが全国レベルで活躍し、高校選手権、学生名人戦、支部名人戦、朝日アマ名人戦、平成最強戦、アマ世界選手権など数々の棋戦で優勝しています。また石垣毅さんが県アマ名人(2年連続)、太田博朗さん、北川直哉さんが県アマ竜王、団体では支部対抗団体戦東地区優勝2回等を獲得しており、現在は沼津支部が県東部の牽引を担ってます。
その礎は先輩諸氏より引継がれてきた将棋に対する熱い思い、縁台将棋や床屋将棋で培われた『将棋の好きな人は仲間』という『沼津将棋文化』の伝承によるものです。
これからも 沼津の夏まつりに於ける縁台将棋や将棋フェスタ沼津による県東部地域への将棋普及、沼津支部子供将棋教室及び本町将棋クラブ初心者将棋教室での仲間の育成、など日本古来から続く技術の継承・向上を目指し、活動していきます。

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